東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)63号 判決
一 請求原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 右本願発明の要旨と成立に争いのない甲第三号証の一(昭和六〇年一二月二〇日付手続補正書)、同号証の二(昭和六一年四月一〇日付手続補正書)(以下、総称して「本願明細書」という。)を総合すれば、本願発明は、無散水消雪方法、特に人為的に地下水の熱だけを利用して路面や建造物に降る雪を融かし、地下水を再び地下に還元する無散水消雪方法であること、近年、積雪寒冷地の路面や建造物上に降つた雪の消雪には地下水の散水による消雪方法が広く普及してきたが、この様な散水消雪方法においては散水した地下水が雪を融かす反面、道路や建造物から測溝に流下した水はそのまま河川から海に流れ込むことになり、その結果、次第に地域の地下水資源の枯渇や、地盤沈下等の社会問題が深刻化してきているため、この様な被害が起こることを未然に防止し、且つ路面や建造物上の雪も完全に融かすことを目的として開発したもので、多雪地帯の冬期の経済、社会活動を円滑に進めることができる無散水消雪方法を提供するものであること、この発明によれば、無散水消雪方法は、一方の井戸から地下水を汲み上げて路面または建造物に埋設した放熱用のパイプ内に通水して路面または建造物上に降る雪を融かすと共に凍結防止を計つた後に、冷水を他方の井戸に注入することを特徴としていることが認められる。
三 取消事由に対する判断
1 取消事由1について
(一) 本願明細書によるも、原告主張のように、本願発明が一二℃ないし一五℃の地下水の熱エネルギーを必要とすること、本願発明の「地下深くさく井された井戸」はおおむね地表より四〇メートル以深の井戸であることを示す具体的記載を見出すことはできない、したがつて、本願発明の「地下深くさく井された井戸」につき、これをおおむね地表より四〇メートル以深の井戸であると限定的に解することはできない。成立に争いのない甲第七号証(財団法人全国鑿井協会発行「さく井技能士講習会テキスト」、昭和五八年一〇月三日日本地下開発株式会社受入)も、それのみをもつてしては、原告の主張を裏付ける根拠となるものではない。
(二) 他方、第一引用例には本件審決の理由の要点2摘示の通りの事項が記載されていることは当事者間に争いがない。そこで、右引用例の揚水井、圧入井の各井戸の深さ、或いは汲み上げる地下水の帯水層の深さについて検討するに、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例の発明の詳細な説明の項に「所望する水温が期待される帯水層(3)の深さまで揚水井(1)および圧入井(2)を適当間隔をおいてさく井し、」との記載があること、汲み上げる地下水の温度として、特別限定的記載はないが、その実施例の説明においては一四℃の地下水を想定していることが認められる。しかし、前掲甲第四号証によるも、右各井戸の深さ或いは帯水層の深さを示す具体的記載を見出すことはできない。
なお、原告は、第一引用例の図面(別紙図面(二))に記載された揚水井の水位と帯水層との関連、及び、帯水層(3)部分に砂利詰(ロ)が設けられていることから、第一引用例記載の発明が対象とする帯水層(3)は地下十数メートルの地表に近い浅層の帯水層を示していると主張するが、単に図面に記載された揚水井の水位と帯水層との関連のみから同発明が対象とする帯水層(3)が地下十数メートルの地表に近い浅層の帯水層であると断定することはできず、また、前掲甲第四号証によれば、第一引用例の図面には帯水層(3)部分に砂利詰(ロ)が設けられた記載があり、発明の詳細な説明の項に「砂利詰(ロ)は帯水層(3)が出砂し易い地質の際に形成する」旨の記載があることが認められるものの、これは単に帯水層が出砂し易い地質の場合には砂利詰を設ける構成を示しているにすぎないとみるべきであり、このことから、同発明が対象とする帯水層(3)が地下十数メートルの地表に近い浅層の帯水層に限定されると解することは相当でない。いずれにせよ、第一引用例の記載は、その井戸の深さを推しはかるにしては余りにも簡略にすぎるものというほかない。
(三) 以上によれば、本願発明の「地下深くさく井された井戸」と第一引用例記載の発明の「揚水井」、「圧入井」とは、いずれも井戸の深さに関しての具体的な限定はなく、したがつて、その深さにおいて格別の差異は認められないと判断するのが相当である。なお、その汲み上げる地下水の温度についても、前記のとおり本願発明にあつては一二℃ないし一五℃の地下水であるとの原告主張の点は本願明細書に全く記載なく、一方、第一引用例にあつても、特別限定的記載はなく、その実施例の説明において一四℃の地下水を想定していることが認められるにすぎないのであるから、地下水の温度範囲を手掛りに両井戸の深さを知ることもできない。
してみると、両井戸はその深さの点において格別の差異は認められず、両者とも当該地域の地下水の状況に応じて適宜選択される深さの井戸と解するのが相当であり、第一引用例記載の発明の「帯水層(3)の深さまでさく井した揚水井(1)」「帯水層(3)の深さまでさく井した圧入井(2)」が、本願発明の「地下深くさく井された一方の井戸」「地下深くさく井された他方の井戸」にそれぞれ相当するとした本件審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2について
(一) 前掲甲第四号証によれば、第一引用例記載の発明において、汲み上げられた地下水は、地上の熱交換器内の加温パイプを通過する際、その熱により、熱交換器内の用水(河川水)を加温し、このようにして加温された用水は、融雪用として路上に送り出されるものであることが認められ、他方前記本願発明の要旨及び本願明細書によれば、本願発明において、汲み上げられた地下水は、路面又は建造物に埋設された放熱用のパイプ内を通過する際、その熱により、路面又は建造物上に降る雪を融かすものであることが認められる。この事実によれば、第一引用例記載の発明の加温パイプと本願発明の放熱用のパイプは、その内部を通過する地下水が融雪用水を加温するか(第一引用例)、直接融雪するか(本願)の点に相違があるとしても、いずれも融雪の用に供するための地下水の通路として機能していることにおいて変わるところはない。
(二) 原告は、前記各パイプ内を流れる地下水の温度の差を主張するが、本願明細書には地下水の温度を限定する記載はなく、また、前掲甲第四号証には実施例として一四℃の地下水を利用する場合が記載されているにすぎないから、右主張は、前記両パイプの相当関係を否定する根拠となるものではない。
(三) そうであれば、第一引用例記載の発明の「加温パイプ」と本願発明の「放熱用のパイプ」が相当関係にあるとした本件審決の認定に誤りはない。
もつとも、本件審決は、両発明の一致点として、「地下水を汲み上げて放熱用のパイプ内に通水して路面に降る雪を融かした後」と摘示しているが、右の摘示は一致点としてはやや不正確な表現であり、正確には、「地下水を汲み上げて放熱用のパイプ内に通水して融雪の用に供し」又は「地下水を汲み上げて融雪の用に供するため放熱用パイプ内に通水して」と表現すべきであるが、この点は本件審決の結論に影響を及ぼすことはないというべきである。
3 取消事由3について
「井戸水の枯渇」も「地盤沈下」も地下水の放流が重要な一因となつて生ずるものであるところ、本願明細書及び前掲甲第四号証により、前記本願発明の要旨及び第一引用例の記載の発明を比較検討すれば、本願発明が「井戸水の枯渇を防止する」手段として採用している構成は、第一引用例が「地下水放流による地盤沈下を防止する」手段として採用している構成同様地下水を散水させることなく放熱後の地下水を再び地下に還元する方法であると認めるのが相当であるから、第一引用例の「地下水放流による地盤沈下を防止する」には本願発明の「井戸水の枯渇を防止する」が含まれると解することが可能であり、この点に関する本件審決の認定に誤りはない。原告が主張の根拠とする井戸の深さ、消雪後の冷水の蓄え方法などは本願発明の要旨とされていない事項であるから、右主張は採用の限りではない。
4 取消事由4について
(一) 前記のとおり、第一引用例記載の発明の「融雪し」、「放熱後の圧入水」、「圧入して還元し」が、本願発明の「降る雪を融かす」、「使用後の冷水」、「注入して還元し」に相当すること、本願発明が本件審決に摘示に係る相違点の構成を有するのに対し、第一引用例記載の発明がかかる構成を有しない点において両者が相違することは当事者間に争いがなく、この事実と既に説示したところにより両発明を対比すると、両者は、「地下深くさく井された一方の井戸から地下水を汲み上げて放熱用のパイプ内に通水して融雪の用に供した後、使用後の冷水を地下深くさく井された他方の井戸に注入して還元し、井戸水の枯渇を防止する消雪方法」である点で一致し、本願発明が「放熱用のパイプが路面又は建造物に埋没されており、この放熱用のパイプ内に汲み上げた地下水を通水して雪を融かすとともに、凍結防止をはかる無散水消雪方法」であるのに対し、第一引用例記載の発明が「放熱用のパイプが熱交換器内に設けられ、この放熱用のパイプ内に汲み上げた地下水を通水して、熱交換器内の用水(河川水)を加温し、加温された用水を散水して消雪する方法」である点において、相違するものと認めることができる。
(二) 成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例には「熱伝導良好な金属管が道路表層部に埋め込まれ、この金属管に汲み上げた地下水を通水して雪を融かすとともに、凍結防止をはかり、無散水で消雪する方法」の発明が記載されていることが認められる。しかして、右に記載された「熱伝導良好な金属管」、「道路表層部」が本願発明における「放熱用のパイプ」、「路面」に相当するものと認めることができるから、第二引用例には、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点として前記(一)に摘示した本願発明の構成が記載されているものということができる。
したがつて、本願発明と第一引用例記載の発明の一致点として前記(一)に摘出した構成に第二引用例記載の発明を適用し、本願発明の構成を得ることは、当業者が容易になし得るものと認めるのが相当である。
5 取消事由5について
(一) 原告主張に係る本願発明の井戸の深さ、地下水の温度が本願発明の要旨とされておらず、本願明細書にも記載されていないことは既に述べたとおりであり、放熱して冷却された冷水を地下深部の帯水層に蓄え冷水帯を形成することは、前示本願発明の要旨に示されていない事項であるから、原告が取消事由5(一)において主張する効果は、本願発明の要旨に基づいた効果とはいえない。
なお、第一引用例の「地下水放流による地盤沈下を防止する」には本願発明の「井戸水の枯渇を防止する」が含まれると解することが可能であること前示のとおりであるから、地下資源の枯渇を防止するとの効果については第一引用例から予測し得る効果であるということができる。
(二) 原告が取消事由5(二)において主張する、貴重な地下水の浪費や汚染を生じることが全くなく地下深部の地層の保有する熱エネルギーのみを有効に活用できる効果については、本願発明の、汲み上げた地下水を散水させることなく放熱後の地下水を再び地下に還元する構成から生ずる効果であつて、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点から生ずる特有の効果とは認められず、同相違点を除いてはその構成を同じくする第一引用例から予測し得る効果であるといわざるを得ない。
(三) 以上によれば、本願発明の効果は、第一引用例及び第二引用例に記載された事項に基づき当業者が予測し得る程度のことにすぎないとした本件審決の認定も、正当なものと認めることができる。
四 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、本件審決はその結論において正当であるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
地下深くさく井された一方の井戸から地下水を汲み上げて路面または建造物に埋設した放熱用のパイプ内に通水して路面または建造物上に降る雪を融かすと共に凍結防止を計つた後に、使用後の冷水を、地下深くさく井された他方の井戸に注入して還元し、無散水にて消雪し井戸水の枯渇を防止することを特徴とする無散水消雪方法